湖南ってどんなところ!!


   磐梯山景勝の基地
   猪苗代湖の南岸


東京圏から北へ220キロあまり。
福島県中央に位置する中核市・郡山
が誇る猪苗代湖は、その中心地から
西へ約30キロの高原にあって、天の
鏡にもたとえられる美しい湖面に、
磐梯山(天に登る磐の梯子の山)の
雄姿を映しています。
 湖南町は、この国立公園猪苗代湖
地区の南岸に位置する風光明媚な
地域、猪苗代湖の1.5倍の広さです。

   湖南人の自慢は
   空間の「豊かさ感」


湖南は、夏は北海道・札幌の約22度
(8月平均)より1度高いぐらいで涼しく、
冬は札幌の零下約4度(1月平均)より
1度ほど暖かで雪も降る、四季の変化の
美しい高原です。
 168平方キロの広大なエリアに住人は
わずかに4千500人ほど。
56平方キロに18万人も住む郡山地区に
比べて、空間の豊かさ感は
125倍(面積/人口)、東京・杉並区(面積
34平方キロ、人口52万人)と比べると
「湖南」の空間の豊かさ
感はなんと620倍
にもなります。



湖南ってこんなところ!!



   安積山ノ内に点在する
   鎌倉武士の山城物語り




中野地区 安佐野の不動滝
鎌倉に幕府が開かれて武士の世が
始まると地方に関東武士が派遣され、
郡山市周辺の安積地方には鎌倉御家
人衆の、伊豆国ゆかりで著名な伊東
氏族が移住してきて、集合離散しながら
400年も地頭として分居します。
   江戸幕府の藩制度により
   安積野は二本松藩領
   湖南高原は会津藩領へ

戦乱に明け暮れた天下を豊臣秀吉
が統一してのち江戸時代を迎えると、
幕府と藩の体制となり、安積野は二本松
藩領となりますが、安積郡山ノ内(=西安積)
と称された湖南高原は当時の戦国大名の
支配情勢から会津藩領となってしまいます。
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   湖南人の誇りは
   ゆかしい歴史民俗


「湖南」には安積野と会津盆地の歴史
文化が吹き上げ、多彩な民族を育みました。
 明治維新後、車馬の交通が盛んになって
街道はよりなだらかなルートを求めて
峠道から遠のいて行ったため、床しい
昔物語が風化することなく、たくさん
温め続けてきました。